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HOME > デザイナー > Tord Boontje / トード・ボーンチェ ![]() August Thonet
アウグスト・トーネット
1829〜1910
ドイツミヒャエル・トーネットの三男
1829年ドイツ・プロイセン生まれ。
トーネット社の創業者ミヒャエル・トーネットの三男。 ミヒャエルの後を継いだ5人の息子の中でも、特に技術や製法の開発など、物作りの分野で秀でた才能を発揮する。父の発明した曲木技術を改良し、より洗練されたマスプロダクション方式として完成させた。 1870年にNo.6009(現在のNo.209)をデザイン。 ![]() Achille Castiglioni
アッキーレ・カスティリオーニ
1918-2002
イタリアデザイン界のマエストロ、フロス社創立の中心メンバー
1918年ミラノ生まれ。イタリアを代表するデザイナー。イタリアの照明ブランド「フロス」社の創業メンバーで、兄のピエ−ル・ジャコモと共に「アルコ」数々の名作を生み出した。
![]() Arne Jacobsen
アルネ・ヤコブセン
1902-1971
デンマーク北欧モダンの巨匠
デンマーク・コペンハーゲン生まれ。北欧モダンを代表する建築家であり、世界で最も有名な家具デザイナーの一人です。成型合板などの新素材や、新手法に挑戦し、数々の名作を生み出しました。また建築家としても国内外の公共建築を多く手がけ、1つの建物をすべて同じアイデアで統一する「トータル・デザイン」を提唱。椅子や家具、カトラリー、ファブリック、照明器具、蛇口などの備品までデザインしました。これら特定の建物のために特別にデザインしたアイテムの多くが後に一般向けに販売されました。中でもノヴォ製薬会社のためにデザインしたアントチェアやその改良版であるセブンチェア、SASロイヤルホテルのためにデザインしたエッグチェア・スワンチェアはその先進性とオーガニックな美しさで北欧モダンデザインの象徴的存在となり、また多くのデザイナーに影響を与えました。
![]() Arberto Meda
アルベルト・メダ
1945-
イタリアイタリアのインダストリアルデザイナー
イタリア・コモ生まれ。ミラノ工科大学で機械工学を学ぶ。73〜79年カルテルの技術部長。81〜86年アルファロメオでデザイン部長を努め、素材とエンジニアリングの要素をデザインに持ち込むというメダ独自のデザイン手法を確立しました。現在はルーチェブラン社、ヴィトラ社、カルテル社をはじめ多くのメーカーでデザイナー、デザインディレクターを務め、家具、照明の分野で数々の名作を産み出したイタリアデザイン界の巨匠です。
![]() Alvar Aalto
アルヴァ・アアルト
1898-1976
フィンランドフィンランドを代表する建築家であり家具デザイナー
北欧が生んだ近代建築の巨匠。1898年フィンランド中西部のクオルタネ生まれ。ヘルシンキ工科大学卒業後、ユヴァスキュラ市で「建築・モニュメンタルアート事務所アルヴァ・アアルト」を開設。24年には同じく建築家のアイノと結婚。パイミオのサナトリウム(1929-33)の成功により、瞬く間に建築家としての地位を確立した。同時に、この仕事がきっかけで、本格的な家具デザインをスタート。特にサナトリウム用に作られたアームチェアは、形成合板を使った斬新な座面により「材料革命」と評され、家具デザイナーとしても彼の名を一躍有名にしました。
![]() Alexander Taylor
アレキサンダー・テイラー
1975-
イギリスイギリス期待の若手
1975年イギリス・ダーラム生まれ。ノッティンガム・トレント大学を卒業後、デザインユニット「プロクター・リール」の家具コレクションに携わる。2001年の100% Designで「Clearcut Chair」が話題を呼びFX awardを受賞。蝶のシルエットを取り入れたテーブル「Butterfly table」や鹿の角を模したコートフック「Antlers」などのプロダクトを100% foundationから補助金を受け100% Design 2003で発表。2004年よりロンドンを拠点に活動を始め、イギリスの新ブランド「エスタブリッシュ&サンズ」からアルミ製ランプ「Fold Lamp」を発表した。
![]() Alexander Girard
アレクサンダー・ジラード
1907-1993
アメリカファブリックの帝王
1907年、ニューヨークにてアメリカ人の母とイタリア人の父の間に生まれる。学生時代はロンドン・ローマで建築を学ぶも職が見つからずデザイナーに転向。1932年ニューヨークに戻りインテリア・建築事務所を開設。第二次大戦後1946年にはチャールズ&レイ・イームズ、ジョージ・ネルソンらと共に、モダンデザインの大衆化に尽力する。1952年、ハーマンミラー社に新設されたテキスタイル部門長に抜擢、1973年までの21年間で300種類以上のデザインを手がけた。1961年、ハーマンミラー社へ働きかけ同社初の小売店「Textile & Objects Shop(T&O Shop)」をオープン。そこでは家具やファブリックはもちろん、ジラルドの大好きな人形やおもちゃが所狭しと並べられた空間となった。1965年アメリカの航空会社ブラニフ航空(Braniff International Airways,現在は廃業)の旅客機のカラーリング、内装、ラウンジ、チケットまで全てのデザインを手掛けた。メキシコのフォーク・カルチャーへ傾倒し、1953年自宅をニューメキシコのサンタフェに移転。自宅の設計も手掛けた。1993年没。10万点を超える彼のフォーク・アートコレクションはインターナショナル・フォーク・アート・ミュージアム(MOIFA)に寄付された。
![]() Alessandro Mendini
アレッサンドロ・メンディーニ
1931-
イタリアアレッシィのイメージ・ディレクター
1931年イタリア・ミラノ生まれ。ミラノ工科大学で建築を学ぶ。1980-1985年には雑誌「ドムス」の編集長も務める。 ALESSIの有名なワインオープナー 「アンナ.G」をデザインした事で有名。「リデザイン」というポストモダンの新潮流を築いた。アレッシィ氏の邸宅(HOUSE OF HAPPINESS)や、1999年にオープンした日本初のALESSI SHOPの内外装デザインも行った。
![]() Isamu Noguchi
イサム・ノグチ
1904-88
アメリカ石、木、紙、鉄、光、庭園 - 地球を彫刻した男
世界的に有名な彫刻家でありプロダクトデザイナーです。彫刻を日常生活に役立てようと家具などのプロダクトやインテリアデザインを手掛けた他、舞台装置や庭園のプロデュースなど空間設計にも数多く携わりました。
1904年ロサンゼルスで生まれ。幼少期を父親の国である日本で過ごし、13才で単身渡米。コロンビア大学で医者を目指す一方、レオナルド・ダ・ビンチ美術学校で彫刻を学び「ミケランジェロの再来」と賞されます。1927年パリへ留学、抽象彫刻の巨匠コンスタンティン・ブランクーシの助手として学びました。 1946年MoMAの「14人のアメリカ人展」に出品。1947年ハーマン・ミラーのディレクターだったジョージ・ネルソンの依頼で、代表作「ノグチ・テーブル」等の家具をデザインして高い評価を得ます。その後来日すると岡本太郎、丹下健三らと親交を深め、1951年には女優山口淑子(李香蘭)と結婚、北大路魯山人の邸内に住居とアトリエを構えました。また同じく1951年に岐阜提灯の伝統を活かして制作された「AKARI」は光の彫刻と呼ばれロングセラーとなっています。 1958年の離婚後はニューヨークで活動。パリのユネスコ本部庭園やニューヨークの・チェイス・マンハッタン銀行プラザの沈床園など、庭園制作を手がけました。1986年ヴェネツィア・ビエンナーレのアメリカ代表に選出。同年京都賞受賞。1987年アメリカ国民芸術勲章受賞。1988年札幌のモエレ沼公園ランドスケープデザインプラン完成直後84歳で逝去しました。ニューヨークにイサム・ノグチ・ガーデン・ミュージアム、香川県にイサム・ノグチ庭園美術館があります。 ![]() Ilmari Tapiovaara
イルマリ・タピオヴァラ
1914-1999
フィンランド1914年生まれ。1935年にロンドンのArtekオフィスで働き、1937年にはパリのコルビュジェオフィスに勤務。1947年ヘルシンキのドムス・アカデミカの為にDomus chairをデザイン。Ilmari Tapiovaara独特のデザインだけでなくスタッキングできるなど機能面でも充実。1948年にMoMAの「Low cost furniture competition」に出品。 その後1953年シカゴのミース・ファン・デル・ローエオフィスで働く。Ilmari Tapiovaaraのデザインはフィンランド人らしく木を使ったものが多くてどこか愛嬌のあるPirkka、Domus、Nalle、Fanett Chairなど数々の名作を残すとともにミラノトリエンナーレなどで数々の賞も受賞。1999年没。
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